– 第17話 – 「一学期を終えて」
2003年7月12日(土)
昨日で、一学期の授業が終わりました。
あっという間だった気もしますが、非常に濃い日々だったことは確かです。
で、この3ヶ月を振り返って、身体的、精神的な変化などを書いてみようかなと思います。
まず、<良かった点>。
何より、姿勢が良くなりましたね。
毎日、ずーっと正座をしていて、胸をはっておなかに力を入れて落ち着いた風に装う訓練をしていたので、おかげさまで少しは姿勢が良くなったと思います。
その延長線上で、慌てるようなことがあっても落ち着いているように装うという、私にとっての究極のハッタリ術がちょっと見についたかもしれません。
さらにその延長線上で、私はしょっちゅう、人から言われる何気ない一言などに激しく反応して悩みこんでしまうのですが、それもその「落ち着いてる」術を利用することで、何とかほんの少しだけ立ち直りが早くなった気がします。
この学園に入るにあたって、私には大きな目標が三つありました。
一つは、京都を遊びつくすこと。(同時に、京都のデータベースを作り、きちんと整理する)
一つは、これから先、茶道で知ったことをどんどん付け足して関連付けていけるような壮大なデータベースを作り上げること。(せっかくいい話を知っても記憶から素通りしてしまっていたのが悩みだったのです)
そして、最後の一つは、他人のエネルギーに対して透明でいる、受け流す術を学ぶ、ということです。これは決して、人の話を聞かないというのではなく、私は、人の態度に過度に影響を受けて自分を見失ってしまう癖があり、そのせいで相手を逆に傷つけてしまったり、良くない状況に陥ってしまうことが多々あったのです。
なにより三番目の目標は、3ヶ月間、毎日のように私に襲いかかってくれてました(笑)。
茶道はなんだかんだいっても、やはり社交辞令が重視される世界です。
相手は細やかな配慮をしてくれますが、それにはこちらも細やかな配慮をしかえさないといけません。
私のように、何が相手にとって良い配慮になるのかなど想像もできない自然児だと、その点はかなり苦しむことになります。初めのうちは何をしても笑われるという状況が続き、自分の躾のなさ、社会性のなさに落ち込みました。
でも、それを乗り越える場を毎日与えてもらえる。
それは非常に良かった点です。
それから、正座をするというのも、左足を手術しているというハンデがあり、周りの人よりできないという悔しさがあるのですが、以前の自分よりはずっと座れるようになったという点でうれしく、自信を持つことができました。
次に、<悪かった点>。
毎日茶道をしないと絶対気づかなかったことなのですが、体が汚くなります(笑)。
具体的に言うと、正座している部分(膝と足の甲)が黒くなり、畳をにじるため手の甲が黒くなってしまいます。
特に手は悲しいですね。
茶道は、あらゆる「美」を追求した道なのだと思います。点前は優雅で合理的で洗練されたものです。
で、それをさらに優雅にこなすため、体は自然を装って蔭で非常に無理な体勢をすることがあります。
まるで、白鳥は上から見ると涼しげな様子で湖を泳いでいるけれど、下では足をばたつかせている、みたいなものです。
だから、かなり体力をつかいます。正座を長時間した後に、よろけずスッと立ち上がったり、重いものを軽く扱ってみたり、逆に軽いものを重く扱ってみたり、力(気)を抜く時がないのです。
でも、そんな不自然な「自然な動き」が、本当に自然にできるようになったら最高にかっこいいんですよねー。
それも目標ですね!


