銀座おとな塾 7 京菓子の中に広がる美と文化
講座内容:第6回 「京町屋の暮らしと京のおばんざい」
*末富の生菓子 + 丸久小山園の煎茶
講師:末富主人 山口冨蔵
-*-*-*-*-*-*- 「京都のこころを銀座で学ぶ」の第7回目![]()
今回は京菓子司 末富主人の山口冨蔵先生によるお話でした。
——————————————- はじめに ——————————————-
まずは和の学校の吉田さんによる、和の学校の説明と講師のご紹介。
講師の山口先生と和の学校の関係は深く、故伊住政和校長 とも仲がよく、和の学校創立時からサポートしてくださっていたとのことでした。
ちなみに、末富は、亀屋末広で修業した初代が1893年に独立して創業しました。
そのため本来は、亀屋末富という言うらしいです。
最初は、蒸菓子・干菓子を寺社などのために作っていました。
山口先生は三代目になります。
——————————————- 第一部:山口先生による講座 ——————————————-
山口先生の講座風景です。
【菓子屋の菓子とは】
菓子は、もてなし、贈答品。
今でこそ、砂糖は当たり前に手に入るが、砂糖を食べられる階級は限られていた。
砂糖は輸入品だった。
和三盆はものすごい高級品だった。
【司の意味】
京都のお公家さんのもとで作っているという意味で、すべてのれん分け。
名前を見たら本家がわかるのが本当の京菓子司。
末富も、亀屋末広が元。
祖父の時代に分かれた。
今でも盆暮れにあいさつに行く。
夏はすいか一つ、冬はミカン箱一つ。
高級なものを持っていくのではなく、財政が厳しい時でも必ず挨拶に伺うのが大事なので、挨拶の品は高くしないとのこと。
【「菓子屋」と「おまんやはん」と「もちやはん」の違い】
菓子屋で主に売っているもの → 生菓子
行っても何を売っているのかわからないのが菓子屋。
今日何あります?といって、中から見本が出てきて、その中から選ぶ売り方。
来客用に多めに買って、残ったら子供は食べさせてもらえる。
決して普段の「おやつ」ではなかった。
おまんやはんで主に売っているもの → おまんじゅう
普段使いのお菓子。おやつになるもの。
大福やら草餅やら。
できたものをショーケースにならべて、その中からお客が見て選ぶ売り方。
もちやはんで主に売っているもの → お餅、赤飯
このような違いがある。
その他の菓子屋の違いとしては、
餅菓子はぺったんぺったんつかない。
餅粉を砂糖で練って、蒸して作る。
あと、客に作っているところを見せながら売らない。
(とある京菓子カフェで、目の前で生菓子を職人が作って見せてくれるところがあった気が…。そう言われてしまうとどことは書けませんね。)
お客さんの御用聞きをしながら「作らせてもらう」というスタンスが菓子屋。
お客さんとのつながりこそ大事。
お菓子というのはそういう世界なのだそうです。
【以前の菓子屋】
昔は、「京都」という範囲は今よりずっと狭かった。
それにもかかわらず、京都の中に菓子屋は248軒あったそうです。
(本当はもっと増えそうだったのを、上菓子仲間という組織を作って制限していたようです)
だから、お互いで問題がおきないように、御用聞きができる範囲も暗黙の了解で決まっていました。
だいたい自転車で配達できる範囲くらいまでだったそうです。
【菓子に対する言い回し】
「上生菓子」という言葉は京都にはもともとなかった。「蒸菓子」といっていた。
「生菓子」という言葉は基本的にはおまんやはんの菓子のこと。
ちなみに、「京菓子」や「水無月」というお菓子の名は登録商標なんだそうです。
【菓子屋の本分は】
あまり「京菓子」という言葉は好きではない。
「京」とつくのが流行っているが、外から見た感じがする。
京都の人は使わない。
京都の人に利用してもらって、おいしいといってもらえる菓子がつくれればいい。
お公家さんをターゲットに、マーケットにしていた。
京菓子が江戸とは違う発展をしていた。
特権階級はまず、天皇さんと公家。
次はお寺と神社さん。これも元は公家出身がほとんど。
あとは商売人と続く。
現代ではお公家さんはいないので、どんな方に買っていただきたいかというと、「もてなす」心を持っている方に買っていただきたい。
でも、最近は家にお客さんを迎える人が少なくなってしまったそうです。
【菓子の表現…歳時記の大切さ】
菓子には、季節感、移ろう姿、もっというと、歌のこころが表現されている。
この季節感がわからないと、菓子を本当の意味で楽しめない。
季節の移ろいに感情がともなっている。
昔、山口先生も菓子屋を海外に進出させようとしたのだけれども、その点に気づき、やめたそうです。
他の講座でもよく話に出てきましたが、「歳時記」の感覚がとても大事で、
春夏秋冬ともう一つ新年の5つの季節がある、とのことでした。
前回の講座の話ともリンクしているなと感じたのが、歳時記にそって、山口先生のところでも毎月1日に食べるものが決まっているそうです。
祇園街はすごい文化。季節感の勉強になる。
常に季節に沿った設え、あつらえた道具着物小物で接待してくれる。
そんな世界なので、逆に野暮なのが目立つ。
歌舞伎の顔見世などでは皆、新しい着物をあつらえていく位だったが最近はリュック姿の人がいる、とのことでした。
(そのカッコよさ、粋さはわかるんだけど…、それを実際やるのはかなり大変なんですよねぇ…)
銘の参考になるのが「歳時記」の本。
基本的に5文字か7文字。
先生にとってバイブルのような存在らしいです。
俳句をやれとはいわないけれども、一度手にとって見てみるといいとのことでした。
【菓子の役目】
使い手のメッセージを伝えるもの。
お茶もそう。
軸、茶碗など、いろんなものがメッセージ。
これ、よくわかります!!
それが茶道の本質なんだと思います。
お茶(抹茶味)を使わない。抹茶と味が重なるから。
同じ薯蕷饅頭(織部薯蕷)でどう季節を出すか。
焼き印で変える。
伝統の日本の文様を知らない人が増えている。
伝統の文様を知ることも遊び。
知ることで遊べる。
外から見えない意匠。
栗の持つ季節感。
「秋がきましたよ」ということ。
そういう仕掛けを読みとってほしい。
「かさね色」が平安時代からある。お菓子でも使う。
ピンクと白で「雪の下」など
「らしく見せる」
そのまんまではNG
想像させるように作る。
空白を残す。
花びらをのっけてはだめ。
余白に何を感じるか、何を感じさせるか。
江戸の菓子は写実的、
京都はぼやけさせる。
例えば菊などは江戸では葉っぱをつけてしまう。
京都では丸に点で光琳菊と表現する。
あとは「見たてる」
共通の約束事として。
【伝えること、伝承すること】
本当は説明して見て初めてわかる、でなく、知っている方がいい。
百人一首をそらでいえなくてもいい、気にしていられるといい。
素材の季節感が大事
「暦」を持っておく。
二十四節気を知っておく。
【菓子の正しい食べ方】
菓子は一人で食べず、お招きしたお客様などと一緒に食べるもの。
そして、菓子に含まれた意味を知っている方は知らない人に説明して教えてあげるといい。
そうやって共通の約束事が次に伝わっていくのです。
それから、菓子の実際の食べ方を気にする方がいて、なんでも上品に楊枝で切ればいいと思っている方もいますが、例えば薯蕷饅頭などは手で割って食べたほうがよかったりします。
ようは「いかにおいしく、そしてスマートに食べるか」がポイントなんだそうです。
人気のあるところではなく、仲のいいお菓子屋さんを持っておくこと。
——————————————- 第二部:ほっこりタイム ——————————————-
講座の後には毎回恒例の「ほっこりタイム」。
楽しいおやつと質疑応答の時間です。
今回のほっこりタイムでは、末富の生菓子と丸久小山園の煎茶。
いつもの京番茶では格が合わないとのことで、煎茶でした。
とてもおいしかったです。
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今回の講座でシリーズはいったん終了となります。
どの講座も「そうそう、そうなんだよなぁ!」とピンとこさせてくれる、ためになる講座ばかりでした。
私は学生の頃、国語をやっている意味がいまいちわからなかったのですが、こうやって講座を通して、いかに国語が大事な基礎知識か、痛感しています。
学生の頃にこの感じを持てていたら随分勉強が楽しかっただろうなぁと思いました。


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